仁戸名小のあゆみ


沿革  歴代校長  開校当時の様子

@沿革
昭和47年 ・松ヶ丘小学校から分離。仁戸名町380番地に仁戸名小学校として創立。
職員数 19名  学級数12(1〜4年)  児童数427名
48年 ・北校舎杭打ち開始
49年 ・北校舎完成
50年 ・千葉市教育委員会視聴覚教育研究推進校の指定
・体育館落成
・校庭排水溝工事完成
51年 ・学校プール完成
52年 ・門柱、校庭東側ブロックおよびフェンス完成
・中庭花壇作成
53年 ・北校舎水道管工事改修
・理科栽培園造成
54年 ・ジャングルジム・回施塔・はんとう棒設置
55年 ・創立10周年事業、玄関東側(アプローチと花壇)造成
56年 ・保健室移転
・特別教室増築(図書室・図画室・工作室)
・中庭の花壇、飼育小屋の設置
57年 ・本校舎1階水道管改修
58年 ・体育館更衣室完成
・屋上雨漏り防止工事
59年 ・校庭拡張および樹木移植工事
・体育倉庫設置
・国旗掲揚塔設置
60年 ・千葉市教育委員会体育科研究指定校(〜61)
・校庭整備、地先境界ブロック設置工事竣工
61年 ・視聴覚室設置
・本校舎花壇設置
・千葉市教育委員会体育科研究指定公開研究会
62年 ・屋上フェンス取替工事完成
・体育館ステージ工事完成
・給食室改修工事完成
63年 ・カーブミラー取付工事完成
平成元年 ・ランチルーム設置
3年 ・外部改造工事
4年 ・創立20周年記念式典
6年 ・内部改修工事完成(一期)
・運動場散水設備設置工事完成
7年 ・コンピュータ室設置
8年 ・内部改修工事完成(二期)
・給食室改築工事完成
9年 ・受水槽改修工事完成
11年 ・救助袋開設
12年 ・千葉市地域ぐるみ教育推進校(〜14)
・プール付属屋工事完成
・創立30周年式典
13年 ・耐震補強工事完成
・消化設備改修工事
14年 ・校内電話交換設備改修工事
・事務室パソコン設置
・リングトンネル設置
15年 ・千葉市教育委員会環境学習モデル指定校
・雲てい設置
16年 ・浄化槽撤去
・仁戸名子ども教室開設
・ブランコ設置
・高さ可動式鉄棒設置
・研究助成金受領(県教育弘済会より)
17年 ・職員室にパソコン(チェインズ)接続
・職員室にエアコン設置
・校庭改修工事
・コンピュータ入れ替え
18年 ・冷水器3台設置
21年 ・メダカ池、水田、竹の子山活用
・図書室にエアコン設置
22年 ・体育館耐震補強工事完了
23年 ・防犯カメラ設置、通用門門扉改修、階段掲示板設置
24年 ・特別支援学級(しいのみ学級)開級

A歴代校長
    初代昭47.4〜昭50.3田中 邦二
2代昭50.4〜昭54.3大木 太郎
3代昭54.4〜昭58.3平山 皓
4代昭58.4〜昭60.3花沢 良
5代昭60.4〜昭62.3斉藤 和子
6代昭62.4〜平 2.3鹿野 房雄二
7代平 2.4〜平 5.3豊田 清
8代平 5.4〜平 7.3松根 愼郎
9代平 7.4〜平 9.3鈴木 基之
10代平 9.4〜平13.3浅岡 義典
11代平13.4〜平15.3吉岡 有二
12代平15.4〜平18.3飯塚 薫
13代平18.4〜平20.3山 博子
14代平20.4〜平21.3立野 静男
15代平22.4〜都築 桂子


B開校当時の様子

 ◎開校式
 昭和47年4月5日に、屋上で開校式が行われた。
 1年生 97名
 2年生109名
 3年生101名
 4年生120名
 合 計427名
 ◎当時の様々な苦労
 松ヶ丘小学校から分かれることになり、子どもたちはほうき・ぞうきんを持って引っ越しをした。
 自分たちがやらなくてはと、最上級生の4年生をはじめ、全校で真っ黒になって作業をした。
 校庭の小石、木の根などを取り除き、土を盛って平らにしたり、崖に沿って木を植えたりなどの作業でへとへとだった。
 人数が少ないので3年生は、1階から4階までの全校のトイレ掃除をやった。
 みんなの新しい学校、 自分たちの学校作りのために、みんな一生懸命だった。
 子どもたちは、決して不平・不満をもらすことがなかったという。
 ◎開校当時の周りの様子
 開校当時は高台に鉄筋4階建ての校舎だけが建っていた。
 学校の周りは緑が多くあって、環境はどこの学校と比べても劣るものではなかった。
 「おみやの松」と言われている学校の正面の大木は、樹齢が数百年を数えるもので、松の老木が豊かな気品をたたえていた。 初代の校長先生は、いつも「あの松のようにドッシリと落ち着いて、しっかり大地に足をつけてものごとをやりなさい。」 と子どもたちに話をしていた。
 校庭の左右に広がる松林。その間に広がる草木が、四季折々、美しい風景を見せてくれていた。
 校歌の中にも、「松の緑」という歌詞が入っている。
 ◎校庭
 開校当時は校舎だけが建ち、校庭は整備されていなかった。
1日雨が降ると、通学路や校庭がどこから入ってよいのか分からないくらいどろどろになっていた。
また、周りはがけになったままで、きもを冷やしたこともあった。
校庭の整備のため、校長先生や教頭先生、教務の先生などが、毎日作業服で働いた。
校庭はローム土でくわも歯が立たず、岩をほるようなものだった。
放課後は先生方全員で穴ほりをやり、女の先生方も手に豆をつくりがんばった。
4年生の子どもたちも小石、木の根などを取り除き、がけにそって木を植える作業をしてへとへとになった。
庭木も寄付をお願いして、ほりにでかけ、いただいてきたものを植えていった。