オープニング
緑町小学校の歴史
わたしたちの地域の移り変わり
まとめ
OPNING
 わたしたちの緑町小学校上空の写真です。

わたしたちの学校は、どこにあるかわかりますか?
 平成15年度にみんなで考えた40周年のお祝いのシンボルマークです。

 本の大好きな緑の子,せんだんの木とせんだんの花がデザインされています。
 現在の緑町小の周辺の様子です。
これは東京帝国大学工学部の寮です。
今から約50年前の
この緑町小学校の場所には、
東京大学工学部の寮が建っていました。

新しい校舎を建てるお祝いの式をやっているところです。緑町小学校ができたころは児童数が今の倍の約1000人はいたそうです。児童数が増え続け,教室が足りなくなったので,新しく校舎を建てることになったのです。

みどり町小学校が、5歳の時の航空写真です。このころ,校舎はまだ一つだけでした。

2003年,40歳になった緑町小学校は大きくなり,緑に囲まれた学校になりました。

 緑町小学校の校章は,緑という文字とせんだんの葉をデザインしたものです。せんだんが緑を支えています。

みんなが大好きなせんだんの木は,

緑町小学校のシンボルです。

シンボルせんだんの木は

伸びていく子どもたちの発展を表してい

ます。 

わたしたちの地域の移り変わり

1946年

太平洋戦争が終わった
1年後の町の様子です。

「赤い□」で囲んだ所が
緑町小学校の学区の一部です。

このころ,
今の14号線のすぐ前は海でした。
だから,
畑と畑の細い道を歩いて行くと
そこは海だったのです。


畑の真ん中に,
白い長い屋根の建物が6つ見えます。
そこが今の緑小の場所です。
この建物は
東京帝国大学工学部の寮でした。

1994年当時の町のようすです。

  海は埋め立てられ遠くなりました。
    
 区画整理によって町は
  住みやすくつくられ,
    現
在の町至ったのです。  

わたしたちの学区は,現在,
黒砂台,黒砂,緑町,春日,登戸
です。

その中の黒砂,登戸という地名は
海に関係した名前です。



   登戸という地名になったわけを知っていますか
     

 

  登戸という名前になったのは,江戸時代,登戸には小さな港があり,登戸の海から船で,米,野菜,味噌,炭など色々なものを江戸に運んでいたことから,江戸に登るという意味で登戸とよばれるようになったそうです。

 
太平洋戦争が終わり平和になると,東京から1時間ということもあり,東京方面などからの日帰りの行楽地として海水浴や潮干狩りの人でにぎわっていたそうです。
 今の蛤屋さんの店の前の坂の下には海の家がたくさんありました。休日には,たくさんの人が訪れ,海水浴を楽しんでいたそうです。

 海水浴や潮干狩りのお客でにぎわっていたころいたころ,黒砂と登戸の海は千葉海水場と呼ばれていました。
 
今の国道14号沿いの家の前は海でした。海は埋め立てられ,その家の前が国道14号線になりました。
 遠くに海苔をとるためのでか船がみえます。
 「
でか船」で遊ぶ子もいました。
 
そのころの子どもはみんな海で遊んだそうです。
 
家の人たちは海苔を作ったり,あさりをとったりしていました。のりを干す場所があり,家ごとに干す場所が決まっていたそうです。
 
このころ,この地域の人は海苔やあさりを採ったり,魚をとったりして,海とかかわって暮らしていました。
 今も海に続いていた道が残っています。今はコンクリートになり,人通りは少ないですが,14号線が海だったころはたくさんの人が通ったそうです。その頃は土の道だったそうです。今は人もほとんど通っていない道もあります。今でも道に貝が落ちていたりします。そんなことからも、ここも海とつながっていたのだと思えます。このほかにもたくさん海に下りる道はあります。ぜひ探してみましょう!!

 登戸のがけには潮風を防ぐための松林が続いていました。今も,松林が残っています。今は市の保存林として保護されています。

 海へ遊びに行くお客さんは,京成電車にのってやって行きました。みどり台駅や西登戸駅でおりて海まで歩いたそうです。そのころ,今の西登戸駅は千葉海岸駅とよばれていました。左上の写真が千葉海岸だった頃の西登戸駅です。右上の写真が今の西登戸の駅です。駅が出来た当時は浜海岸駅とよばれていました。


 下の段の写真は「みどり台駅」です。今の千葉大の場所に,東大工学部ができると,工学部前駅となり,その後町が黒砂になったことから黒砂駅にかわりました。そして,今のみどり台駅になりました。 

 西千葉駅も町の発展とともに大きく変わりました。千葉大学ができたことが町の発展に大きく影響しています。これは,今の駅に変わる前の西千葉駅です。太平洋戦争が終わった今から59年前,田や畑が広がっていた西千葉駅の周りは発展し,駅も今のように立派になりました。

まとめ
  緑町小学校が誕生してから、ずっと見守ってくれた地域も時代とともに変わってきました。わたしたちの豊かなふるさとはこれからも移り変わっていきます。わたしたちは,わたしたちの緑町小学校とともに、ふるさとの発展をずっと見守っていきたいと思います。
  
資料提供:千葉市 都市計画課
         …ありがとうございました…。